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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)561号 判決 1968年6月27日

理由

当裁判所も被控訴人の本訴請求は理由があると判断する。その理由とするところは、左に付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決九枚目表八行目の「二月頃」を「三、四月頃」と、一〇枚目表六行目の「対象」を「対照」と、一一枚目表四行目の「四郎」を「士郎」とそれぞれ訂正し、一〇枚目裏五行目の「麻布市兵衛」の次に「町」の一字を加える。)。《証拠》をあわせ考えると、次の事実が認められる。

被控訴人はその父田村知詮の営む薬局の手助けをする傍ら、知人の依頼に応じこれに金員を貸付けることをも行なつているものであるが、昭和三八年暮頃父の友人の訴外上中正雄から同人の知合である参議院議員の小西英雄に金員を貸与されたい旨依頼されたので、これに応じてもよいが、全く面識のない者に始めて融資することになるわけであるから借受人本人の印鑑証明書を交付されたい旨答えたところ、間もなく右小西議員の第一秘書である訴外中村士郎が小西の代理人として被控訴人をその肩書住所に訪れ、さきに同訴外人が振出人欄に小西英雄の署名押印をして作成した金額三五万円の約束手形一通と右印影に符合する小西英雄の印鑑証明書一通を持参提出して金三五万円を借用したい旨申し出た。そこで被控訴人は、中村士郎が真実小西より代理権を授与され、この権限にもとづき、右金員の貸与方を求め、かつ署名代理の方法で右手形を振出すものであると信じ、右印鑑証明書の交付とともに右手形の振出交付を受けて金三五万円を期間約二ケ月の約束で小西の代理人としての中村に貸渡した。その後中村は右債務を約束どおり弁済したうえ、前同様小西の代理人として、自らまたは小西の私設秘書田中政雄を介して被控訴人に対し、(イ)昭和三九年三月頃金五〇万円を、(ロ)同年四月頃金五〇万円を、(ハ)同年七月頃金三五万円を借受けたい旨申込み、かつ、さきの手形と同様中村において振出人欄に小西の署名押印をした。右各金員を金額とする約束手形各一通を提示したので、被控訴人はその都度これを承諾し、右各手形の振出交付を受けるとともに、期間約一ケ月ないし二ケ月の約束で右各金員を貸渡した。(イ)および(ロ)の貸付において振出された右各手形は、その後一、二回満期の到来毎に順次同金額の、前同様小西振出名義の約束手形に書替えられ(ただし、そのうちには、満期に支払がされるとともにこれと同金額の手形貸付のされたこともあつた。)、かつ、(ハ)の手形の支払がされたうえ、同年八月一七日に、小西の代理人としての中村から前記田中政雄を介して被控訴人に対し、中村において振出人欄に小西の署名押印した、金額三五万円満期同年九月二六日、金額五〇万円満期同年一〇月一七日、金額満期いずれも同上なる約束手形各一通(甲第一ないし第三号証の各一)が振出交付されて、被控訴人による金三五万円の貸付と(イ)および(ロ)の各手形についての最終の書替とが行なわれた。以上の手形貸付および手形書替にあたりこれについての中村の代理権の存在および右各手形の成立の真正について、受取人である被控訴人は、最初の手形貸付の場合と同様、これを信じ疑を挟むことがなかつた。

かように認められ、これを左右すべき証拠はない。

以上認定の事実からすれば、被控訴人は、その父の知人の紹介によるとはいえ、全く面識のない者に始めて金員を貸与する関係上借受人本人を確認する趣旨で当該手形の振出人名下の印影に符合する印鑑証明書の交付を求めたのであつて、この交付をもつて、通常の手形取引に見られない不自然な所為である、とすることはできないのみならず、参議院議員なる要職にある小西英雄の秘書が右小西の代理人として自から被控訴人を訪れ右の印鑑証明書および手形を提出して金員の貸与方を求め、かつその貸与後半年間以上にわたり当初と同様の状況の下に順次その支払ないし手形書替が無事に済まされて来たうえ本件手形の発行をみた経緯に照らし、被控訴人が、中村において小西の代理人として署名代理の方法により本件手形を振出す権限があるものとその当時信じたことはもつともであると考えられ、このほかに、被控訴人が直接小西英雄に右代理権授与の有無を確かめる等の調査をしなかつたとしても(当審における被控訴本人の供述中、被控訴人が当時電話で直接小西英雄本人に右のことを確めたとの部分は、採用し難い。)、これを被控訴人の過失とすることはできない、というべきである。

よつて被控訴人の本訴請求を認容する手形判決を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却。

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